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更新日:2023年11月29日

民生委員・児童委員による感動を呼ぶ体験談

民生委員・児童委員活動の魅力として、民生委員・児童委員による体験談をご紹介します。

  №1 一命を救った見守り

  №2 地域で一丸となった見守り

  №3 Mさんとの関わり

  №4 こんにちは赤ちゃん訪問

  №5 ひとり暮らしの方の地域行事への参加

  №6 四つ葉のクローバーとの出会い

  №7 子ども食堂での活動

  №8 Kさんのポストに詰まった新聞

  №9 難病の相談

  №10 5名での見守り

  №11 あの日の赤ちゃん訪問から、糸がつながった

  №1 一命を救った見守り

平成29年11月17日の夜11時頃、洗面所と風呂場に電気が点いているのに気がつき、気になりました。

いつもは消されて真暗なはずなのに「娘さんが帰ってきてお風呂に入っているのかも」「消し忘れかも」「消し忘れてお出かけかも」と色々思いました。

毎日、夜明け前に起床され1日24時間をきちんと使って毎日決まった時間に決まって動く性格の几帳面な人です。八十六歳。女性。

18日の昼間も電気が点いたまま、夕方七時頃、いつも点いているはずの台所が消えていて洗面所と風呂場に点いたまま。家の中で動きも感じられず、裏側に回り、仏間も点いたまま。「おかしいね」と思い隣の人に声をかけると「電気の消し忘れなどする人ではないよ」と私と同じように感じていた。

インターホンを押しても反応なし。電話をしてもベルが鳴ったまま。息子さんの家族が近くに住んでいるので、電話を掛け、息子さん外出中、お嫁さんに来てもらい家を開けて入りました。「お母さん、お母さん」と呼びながら部屋を見ても返事なし。「お風呂場は」と開けた瞬間、泡を吹き倒れている。ひとり暮らし、救急車を呼んで、救急車に電話をして、119へ固定電話から、昨日聞いたばかり、携帯じゃなく家の電話でと、「脈がありますか」と聞かれ、わからないまま、気のせいか足がほんの少し動いたように思い、近くにあったバスタオルを体にかけ、何もわからないまま冷えきっている体に心臓マッサージを救急隊員の方が来るまで続けました。「〇〇さん、〇〇さん」「〇〇さん、〇〇さん」と叫びながら。救急隊員の方が入ってきて診てくださり、「運ぼ」と言っているのが聞こえ、「あーよかった」と一瞬思った。

「保険証」「診察券」「お薬手帳」ありますか、かばん、引出しを見てもわからず、「救急車がいつ出るかわからないので、車に乗ってください」とお嫁さんに乗ってもらい、家の鍵を預かり、玄関以外電気を消し鍵を掛けました。家に帰っても心配で気が落ち着きませんでした。

12時頃車の音がして、外に出ると息子さん夫婦と娘さんが、帰って来られ「ありがとうございました」と何度も言われました。

「本当にありがとうございました」とA病院に運ばれ診てもらい、B病院に入院しました。低体温症で体温が25度まで下がっており、危ないところでしたと医者に言われましたと、倒れて24時間も過ぎているのにすごい体力のある人だと思いました。ichimei本当に助かってよかったです。次の日、体温が28度にあがり気がついてくれたと聞きました。

何か言っているのですが言葉がはっきりわからない状態です。日毎によくなり11月29日退院しましたと聞き、30日、〇〇さんとお話しできました。お出かけは付き添ってもらうようです。朝晩電話連絡を取り、息子さん夫婦、娘さんが代わるがわる訪ねてこられています。

すっかりお元気にお過ごしになっています。

 №2 地域で一丸となった見守り 

70代のひとり暮らしのご婦人が、二年前に私の担当区域に引っ越してきました。癌を患っていること、身寄りのないことをお聞きした私は、いつも気に掛けていました。

初めの一年は仲良くなろうと老人クラブに参加されていましたが、二年目からは入退院を繰り返し、抗癌剤が効かなくなり自宅療養になりました。ichiganその頃から見守りが必要になり、お知り合いになられた老人クラブの人たちやお友達になった人たちも時折り訪ねてくださり、家の中は話し声でにぎやかになりました。

ご婦人はそのうち寝たきりになられましたが、友達が一週間、泊まり込んで面倒を見られるなど、民生委員・児童委員だけでなく、ご婦人を放っておけない地域の方々が一丸となり、入れ替わり立ち替わり見守りをすることで、ご婦人の不安や寂しい気持ちを少しでも和らげることができたのではないかと思っています。 

 №3 Mさんとの関わり 

私が新人民生委員の頃、Mさん75歳男性が近所の文化住宅で独り暮らしをされてました。非課税の年金生活で、奥様は数年前に亡くなられ、自衛官の一人息子は5~6年前北海道に転勤になり、結婚、子供も2人いらっしゃるとの事ですが会った事は無い様でした。「落ち着いたら北海道に呼ぶから」との言葉を信じ住所を書いた紙を大切そうに見せてくださいました。しかし、連絡は無いようで、電話も掛かってきて無い様でした。

ある日伺うと、体調が悪い様で這って出てこられました。「しんどくて」と話され食事もあまり食べれて無い様でした。病院に行こうにも国民健康保険に加入されておらず、自費診療になる為、役所の国民健康保険課に相談に行きました。過去2年分を支払えば加入者扱いにしていただける。一括払いでは無く、分割払いでも大丈夫と教えていただきました。本人か息子さんの承諾が必要との事を聞いて帰りました。帰りに寄って見ると、意識レベルの低下があり、救急入院しました。役所から息子さんに連絡していただき、その日から国民健康保険扱いにしていただきました。心不全でした。3日程して息子さんが帰ってこられ、事情を説明したところ、「まだまだ元気だったので、一人で大丈夫と思ってた。迎えを待ってるとは知らなかった」と話され、「元気になったら妻に話して、北海道へ連れて行きます。」との事ですが、官舎の為、同居は出来ないので近くに住める所を探す迄面倒を見て欲しいとの事でした。

入院中は良かったのですが、中々安静が守れず10日程で退院になり自宅療養になりましたが、買い物に行ける程元気ではなく、介護保険制度が導入された頃で認定を受けましたが、風呂場の場所を問われた際、ご自分の枕を簡単に跨いで説明した為、自立と判定され利用できませんでした。msan当時、私も働いていましたので、先輩民生委員さんに相談し近隣協力委員さんの協力を仰ぎ、毎日交代で朝はパンと牛乳等、昼と夜はお弁当を買って届けました。10日程したら、息子さんが迎えに来て下さり、北海道へ連れて行かれました。北海道でも、心不全を起こし、入院されたとの事で、転入手続きをしていない時の入院だったので自費入院となり40万円以上支払われたらしく感謝のお電話を頂きました。

サラリーマンの家族である私は、健康保険には当然加入しているものと思っており、加入していない人がいる事を学び、国民健康保険制度の事、先輩の指導、協力委員さんの活動協力、見守りの大切さを学びました。この事例は、親子の関係が悪くはなく、父と息子、お互いの思いがすれ違い、うまく伝わっていないだけの関係だったので幸運な事例でした。

 №4 こんにちは赤ちゃん訪問

 「こんにちは赤ちゃん」で、Kさん宅を訪問し、赤ちゃんを抱いた母親に「Sちゃん誕生おめでとう」と、ささやかなプレゼントと種々の情報の入った「おめでとう袋」を渡しました。(平成30年8月)

「身体の調子はどうですか」と聞くと「忙しいですが、元気です」と話が始まり「子育てを手伝ってくれる人はいますか?」「主人が協力的です」「それはよかったね」「何か困ったことや心配事はありますか」「今のところ、大丈夫です」と、明るい答えが返ってきて、赤ちゃんもニコニコと笑っています。

「機嫌がいい赤ちゃんね。きっと賢い良い子になりますよ」と言うと「Sちゃん。よかったね。おばちゃんに褒めてもらったよ」と、若いお母さんも嬉しそうです。akacyan

「子どもは宝と言うから、大切に育ててくださいね。いいお母さんしてね。なにかあったら、遠慮せずに相談してね」と、連絡メモを渡すと「はい、頑張ります。ありがとうございます」と、Sちゃんの手を握ってバイバイと、見送ってくれました。

民生・児童委員として、いろいろな用件で各家庭を訪問しますが、「こんにちは赤ちゃん」は、私も明るく楽しい気持ちになることが多い訪問です。

※「こんにちは赤ちゃん事業」は平成31年度以降、こども健康センター「新生児訪問」として、保健師・助産師による訪問となっております。

 №5 ひとり暮らしの方の地域行事への参加

sanka 地域に住まいされている高齢者夫婦です。

ご主人がずいぶん前から若年性認知症にかかり、外出される時は常に夫婦一緒に歩いている様子を見ていました。最近訪問したところ、ご主人の症状が進み、家族のこともわからなくなり、入院されている事を知り、奥様がひとり暮らしであるので、ひとり暮らし台帳の作成と週2回のデイサービスの日以外はとても退屈であると話され、地域の公民館で毎週水曜日に10時から健康体操や、ふれあいサロンを開催している事を話すと、是非参加したいと言われ、翌日が水曜日でしたので、早速、朝、迎えに行き、参加されました。それ以降楽しみに参加されるようになり、また、地元出身なので皆さん顔見知りの方たちなので、自然と「久しぶり」と話が弾んでいます。歩いて公民館まで行く事や、話をする事で、元気が出て来ているのではないかと思っています。

 №6 四つ葉のクローバーとの出会い 

ある日のこと、訪問時ひとり暮らしの86歳の女性Hさん、転倒し右腕骨折したことをお話しいただく。日頃はお洒落で、お話好き、饒舌な方が意気消沈、少し気弱な言動が多々ありました。現在、毎日近所のF整骨院にリハビリに通っているとのこと。月並みのお大事になさってくださいねと言って失礼しました。

数日経過した日、私は近くの公園を通ってスーパーに買物に行った時のこと、公園の隅のほうに一面シロツメ草「クローバー」がいっぱい、子どもの頃を思い出し“あしたいいことあるように”と四つ葉のクローバーを必死に探しました。なんと四つ葉発見、3つも見つけました。

帰路Hさんのことが頭によぎり、Hさんの玄関ベルをピンポン~骨折した腕が早くよくなりますようにと、四つ葉のクローバーを1つおすそ分けしました。

今年7月の猛暑が続く中、熱中症予防の呼び掛けのメールが明石市地域福祉担当から届きました。まずはひとり暮らし高齢者、介護を必要とされる方全てに電話連絡しました。

4tsuba早朝でもあったので、皆さん在宅で全員の皆さんの元気な声が聞け、「生きているよ」と冗談も交えながら全員の確認ができました。

その中のお一人にHさんもいらっしゃり、「ありがとう、思いがけないお電話、うれしかったです」と言っていただき、あなたに頂いた四つ葉のクローバーがあるから安心。あれから、四つ葉のクローバーを本に挟み、押し花にして、いつもお守りとして、カバンに大切にしまっているのと、“あしたいいことあるように”と口ずさみ、なにかほっこりとし、心が通い合ったひとときでした。

 №7 子ども食堂での活動

「次回は何を作ろう」「あっ、これいいな」と近頃ではもっぱら「子ども食堂」のメニューやタイムスケジュールを考えることが楽しみです。私たちがやっている「子ども食堂」は、小学生、中学生、高校生、大学生、一般の大人がわいわいがやがやそれぞれに教え合い、訊き合いながら作って食べています。普通に世代は関係なく会話が弾みます。知らない者同士が知恵や経験で好奇心に答えています。この活動が出来るのも根本は主任児童委員をお引き受けし、地区民生児童委員協議会や地区社会福祉協議会という活動の場を与えていただいたからだと思います。kodomosyokudou何をするにしても一人では難しいです。一緒に活動してくれる仲間がいるというのは貴重です。インターネットで検索するのも良いですが、まじかに教えてもらう事には叶いません。このようにいろいろな話をしたり考えたりする事で人とのつながりを実感しています。みんなで何かをする。それがみんなの笑顔や笑い声になる。とても素晴らしいことだと思います。

 №8 Kさんのポストに詰まった新聞

郵便受けにぎっしり新聞が詰まった、誰もが気になる状態のところ、隣保長さんである隣りの方が、ポストの新聞があまりにもたくさん入ったままであるのに気がつき、心配になり友人に話し、友人に見てもらい、その友人Sさんが、私に連絡してくださいました。

平成30年8月2日夕方、電話で聞き、直ぐにKさん家に行きました。

家の前で隣人さんとSさんに詳しく聞き、インターホンを押すが返事なし。電話しても出ない。1階の窓はシャッターが下りている。ポストの新聞は5日分位入っている。郵便物もそのままで益々不安になり、向かいの方の何人かに尋ねてみるが、「見かけたことがない」と。ひとり暮らしの登録もされていないし、弟さんがいるらしいけど連絡先がわからない。このままでは、帰れないし、確かめようがないのでSさんと相談し、18時39分に110番、18時43分に119番しました。大きなレスキュー車が大きなサイレンを鳴らしながら来てくれました。ksan

救急車から担架を準備され、警察官も来られ、名前、住所、年齢、仕事、電話番号、生年月日など聞かれました。

レスキュー隊が長いはしごをシャッターの下りていない窓があるベランダに掛け、「2階から入ります」と登りました。

窓を開けようとしたところに中からKさんがレスキュー隊に気がつき、2階で寝てたようで隊員さんが「今、本人と接触しました」と大声で言ってくれました。

「元気だった」こと、ひとまず安心しました。

 №9 難病の相談

 私の地区にご高齢のご夫婦がいらっしゃいます。昭和一ケタに近いご主人は家事一切出来ない人で、奥様は自分の病の相談をされました。難病で失明する事、白杖を持つように言われたそうです。ショックを受けたそうです。「そうなった時にはこんな支援があります」と在宅支援で受けられる支援を具体的にお話ししました。

見た目は弱々しく見える奥様ですが、忠の強い方で今すぐ見えなくなるわけでもないのでと、趣味やお友達と毎日出かけられています。ふれあい喫茶や健康体操にと参加されています。ふれあい訪問で時々訪問していますし、外で出会えば声かけするし、日常の井戸端会議もします。何より人間として信頼関係が一番大事と思っています。

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  №10 5名での見守り 

5年位前に私の地区に小さな子供をつれた若いお母さんが越してこられました。持病があるとの事でしたが、外で見かける限りお元気そうでした。

近所の方からの連絡で、お母さんが体調の悪い日は保育園につれて行けないので、「おばちゃんと行こう」と言ったけど、「イヤだ」と言うので何とかならないかと相談されました。いろいろ行政にも相談しましたが、ボランティアの人に頼むにもお金もかかる様で、思う様に行きませんでした。お母さんの病状も年々少しずつ進行している様子で、「何かあったらいつでも電話して」と、携帯の番号を交換しましたが我慢強い方で、一人で頑張っておられました。

時々メールしたり、電話をすると、「今日は体調が悪いです」と言われますが、「遠慮せずに何でも言ってよ」と言うと、決まって「ありがとうございます」と言われます。

4~5年ほどは見守りだけでしたが、今年に入って2回電話があり、駆け付けました。1回目は車の手配をしてかかりつけの病院へ行きましたら、ほどなく薬が効いて帰ってこられました。2回目は駆け付けた時、子供さんがお母さんの苦しみに不安がられるので子供を預かってほしいとの事でしたが、近所のみんなで子供を預かる人と私はすぐ救急車の手配をしました。5mei救急隊の方が、「この病気はつらいな。一人で担架に乗れますか」と言われて、彼女は自力で担架にころがる様に乗りました。どこをさわっても痛いのでさわらないそうです。救急車に付きそって行ってくれる人や付きそった人をつれて帰るので車で救急車の後ろをついていく人とそれぞれ役割を決めて、これから何かあったら私も入れて5名の電話番号を教えて、何かあったら5名の内だれかにつながるだろうと言う事で見守り体制を作りました。

同じ病気の人に聞いた話だと、あまりの全身の激痛にたえられず、自殺する人もいるとの事。これからも地域の皆さんと共に民生委員として微力ながら力を尽くします。

 №11 あの日の赤ちゃん訪問から、糸がつながった

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 もう4年以上も前になる、記憶が間違っていてはいけないと思って、Mさんのブログを開いて見た。最近とみに衰えた私の記憶力だが、その時の記憶が戻ってきた。

春分の日、担当区域のマンションに隣接地域の民生児童委員さんと赤ちゃん訪問に行った。ご夫婦に「どうぞどうぞ」と言って頂きリビングに通して頂いた。眠っている赤ちゃんを横にして色々と話が弾んだ。

奥さんは横浜生まれの横浜育ちでこちらは全く知らないこと。ご主人は神戸市出身だが、関東で音楽活動をされていてあまり知り合いがいないこと。お二人がこちらに越してきて、私たちがほとんど最初と言っていい訪問者であること。ご夫婦で音楽活動を続けて来ていて、福祉活動にも関心があること、などを聞いた。良く言われるのだが、この日も二人で色々とやり合いながらお話を聞いているとご夫婦ですかと言われちゃった。

小児科の医師を女性の友人に問い合わせたり、いかなごのくぎ煮を失敗した話を聞いて、コツを伝授したりして、何かあればいつでも二人に連絡してくださいと言って訪問を終わった。

私は聞いた話に興味を抱いて、数日後、フェイスブックで検索し奥さんのブログにたどり着いた。びっくりした。ブログに、「とてもうれしくって、帰りに玄関までお見送りして、ドアが閉まってから思わず手をあわせてた。ありがたいなぁと思って」(原文まま)と書いてあった。思わず涙が出た。Mさん、ありがたいのはこちらです。

それからいろんなこと、本当にいろんなことがあった。残念なことにご主人が昨年3月に帰らぬ人となった。あの時の赤ちゃんは4歳になってお母さんと一緒にしっかりと成長している。地域の人気者でもある。色々と地域の集いに出演をお願いして、Mさんの輪もうんと拡がった。ここには書きつくせないが、人と人との出会い、つながりは・・・・・・何か糸でつながっている。

 ※「こんにちは赤ちゃん事業」は平成31年度以降、こども健康センター「新生児訪問」として、保健師・助産師による訪問となっております。

 

 

お問い合わせ

明石市福祉局地域共生社会室地域福祉担当

明石市中崎1丁目5-1

電話番号:078-918-5168

ファックス:078-918-5051