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更新日:2023年5月10日

記者会見 2023年(令和5年)4月28日

泉市長 退任会見

市長

今日が明石市役所に登庁する最後の日ということになります。12年間、明石市の市長をさせていただいて、本当に皆さんに感謝申し上げたい気持ちでいっぱいです。最後ですので、ご挨拶とお礼も含めて、こういった場を設けさせていただいております。

自分としては明石の市民と明石のまちのために、精一杯全身全霊をかけてやってきた12年間だという認識をしております。そういう意味においては、私自身としては精一杯やり切ったという思いです。多くの市民からその後のことを随分心配もいただいておりましたが、皆さんご案内のような選挙の結果となりましたので、私が市長を退任した後も丸谷聡子市長のもと、しっかりと明石のまちをさらに良くしてくれるものと私は信じておりますので、気持ちよく4月末をもって去りたいと思います。

明石市民の会はすでにお伝えしているように、4月末をもって解散します。かつ基本的には、私としては今日限り市役所には近づかないという思いですので、市役所には来ないです。私がどうこう指図することもありません。これも私自身の考え方ですが、やはり選挙というものを大変私は大事だと思っていますので、選挙を通して立候補した中から任意で選ばれた市長が、しっかり市民とまちに責任を持つ形でやるのが民主主義ですから、選挙に出て当選された丸谷聡子さんが、責任を持って明石の舵取りをされるのが当然でありまして、選挙に立候補していない私がとやかく言う問題ではないと。私は一明石市民に戻って、丸谷さんを支えたいという思いです。

後のことは白紙です。正直12年間精一杯やってきて、特に最後の半年間も去年の10月12日に一定の方向付けをした後、やはり自分として残り期間、精一杯出来ることをしようと思いました。特に最後の半年間は自分としては辞めゆく者として、最後のラストスパートというか、駅伝で言えば中間走者で、自分で言えば急な坂道12キロというか12年間というか、必死に駆け上がる中、最後は次のたすきをつなぐ方まで走り切るのが私の役割でしたので、残り期間は随分自分なりに出来ることはないかという思いの中で、例えば18歳までの児童手当の拡充もその後打ち出して、おかげさまで全会一致で御賛同賜りました。

明石市としては児童手当の拡充を実施できることになりましたし、養育費の条例も最後のひと踏ん張りで、明石市として長年やってきた養育費のテーマを条例化することも出来ました。図書館につきましても長年の課題でしたが、方向性としては多くの議員の皆さんからも場所や時期はさておき、位置付けることそのものにはご賛同賜る形になりましたので、自分としては最後の力を振り絞って、明石の市民とまちのために出来ることを精一杯やり切ったという思いです。

加えて、私がいなくなった後の体制を市民から多く聞かれておりました。何とか私がする以上に、私が退任して次の方に任せた方が、より明石が良くなる体制をつくりたかったのは本音で、そこはマスコミの皆さんにも色々と報道もいただきましたし、ご関心をお持ちいただいた経緯ですが、私の中では早い段階から今日に至るような流れといいますか、順序は自分の中に相当考えてきた経緯です。そういった中で多くの市民の応援をいただいて、全員当選という形になりましたので、自分としては、自分の責任役割は果たしたという認識は持っています。そういう気持ちでこの後、市役所を後にしたいと思っています。

記者

やり切った12年間ということですが、選挙戦の時によく具体例として、予算の配分とか職員の意識改革というようなことをおっしゃっていました。その辺のやり切ったところというのをもう少し詳しく教えてください。

市長

基本的に私自身は10歳ぐらいのときに、当時家は裕福ではありませんでしたし、弟が障害の状況で思うところがありましたので、自分が将来明石市長になって明石のまちを優しくしたいと心に誓ったのは10歳のときです。20歳の頃ぐらいに周りの明石出身の者が、出身地を神戸と偽ったり、神戸の近くと言っているのを聞きながら、明石市民が胸を張って明石と言えるまちにするんだと誓ったのは20歳の頃ですから、私の中で言うと、明石を優しいまちにしたいと思ったのが50年前、明石を胸の張れるまちにしたいと思ったのが40年前です。

そういった中で市長になりたいと思い続けてきた人生で、47歳でようやく市長になれて、12年間駆け抜けてきた認識です。そういった強い思いがありましたので、市長になる前から市長になったらやろうと思ってきたことがあって、それは基本的には市民の方を向いた政治に変えること。具体的にはお金と人ですから、基本的には。その前提としては大きな方向性、方針がありますが、大きく3点です。どういったまちづくりをするかという方針をしっかりクリアにし市民と共有し、そしてそれに必要なお金をちゃんとシフトし、それに必要な人材をしっかりと配置する。

この3つをするのが政治家の仕事ですから、私の場合にはそれを最初から思っていたので、市長就任前のまさに最初の選挙から言っていることは同じで、子どもを核としたまちづくり、全ての子どもたちをまちのみんなで本気で応援すれば、全ての市民が幸せになるという考え方がベースですし、子どものみならず、誰一人取り残さない、全ての人に優しい明石をつくるというあたりは、私にとっての根幹部分で、それは12年間しっかりと位置づけてきた認識です。

今となっては所得制限の撤廃も議員も皆さん賛成ですので、明石はもう山を越えたというか、新しいステージに入っていると、しっかりと子どもを応援するとか、所得制限をかけないことについては、まち中がそうなっていますから、そういう意味では大きな方向性付けはできたと思います。

2つ目のお金は大事なことで、明石市は大体予算が2,000億円ぐらい1年間に動きますが、私が市長に就任する前の年は決算ベースで子ども予算が125億円、直近では決算ベースで297億円ですから、簡単に言ったら125億円の子ども予算を297億円、2.38倍です。言葉通り2倍以上、2.38倍に子ども予算を増やした、だからさまざまな無償化が出来るのであって、綺麗ごとではなくてお金は要りますから、そのお金を増税や保険料を上げるのではなくて、やり繰りで明石は子ども予算を2倍以上にしたわけですから、それは自分のしたかったことです。

私もそれをもう20歳ぐらいの時に、大学は教育学部でしたが、その頃のレポートで、当時から日本は世界の中でも珍しい子どもに冷たい国で、大体ヨーロッパの2分の1しか子ども予算を使っていませんでしたので、40年前のレポートにヨーロッパの半分しか子ども予算がない日本がしっかり子どもを応援しないと、日本に未来はないと書いたのが40年前、その頃から思いは変わっていません。

ただ、日本はいまだに増やしていませんから、せめて明石だけでもとの思いの中で市長になりましたから、市長になる前から私が市長になったらヨーロッパ並みに子ども予算は普通にするんだと。多くありません、普通です。ですからある意味それをしようと思って市長になったので、それは2.38倍にすることが出来たと思います。

ただ、予算に関していうとこれも大事なポイントですが、明石は子どもだけではなくて、高齢者や障害者にも手厚くしている認識です。インフラも手を抜いた認識は全くありません。ただ、そういう意味でいうと、全体のバランスを見ながらやり繰り出来るのは大体これぐらいというのが私の認識で、私の能力なり適性を考えたときに、ここまでかなと。予算はこれ以上大きくシフトすると、ある意味どこかにしわ寄せ的なことが及びかねないので、私としてはもう辞めていくのは分かっていましたから、そういう意味では自分が辞めた後も、一定の余力を残して次の市長につながないと申し訳なかったので、今の明石の予算配分は余裕があります。

私が市長でなくなった後も、今の政策はちゃんと続くし、また次の市長さんのしたいことが出来るだけの余裕を持たせてきたという形です。そうでなければ小学校給食の無償化はやっています。小学校給食を無償化してしまうと、やはりかなり予算構造上しんどくなるとの判断から、あえて明石市長としては給食の無償化は中学に留めたというのも、次の市長さんなり、その後を考えての認識です。

逆に言うと、これ以上私が市長を続けても、私の得意な大胆な予算シフトはもう状況的には違いますので、自分の役割としては大きな予算シフトをして、それで安定的な持続可能な状況をつくったわけですから、あとは私ではない市長が丁寧にやっていただいたらいいという判断につながります。

もう一つは、市役所文化を変えようと思いました。市役所は冷たかったですから。それは私が市長になった時も痛感しましたが、感覚違いますから。その市役所文化を市民の方をい向いた仕事ぶりに変えたいと思いましたので、そういう意味では最近市民からよく褒められるのが二つ。一つは、昔は市役所の窓口に行っても職員が横を向いて喋っていたけれど、今は本当にエスカレーターを降りたり、エレベーターが開いた瞬間から、職員が駆け寄ってくると。言葉通り市民の方を向いた仕事に変わったとよく言われます、褒められます。

もう一つは何か家の近くのトラブルなり、課題について、電話をしてもそれまではいい訳をして来なかったけど、今は電話1本かけたら飛んでくると、市の職員はどの部署であっても現地を見に行きますと言って、ちゃんと市民のもとに駆けつける。まさに市民の方へ行く市役所に変わったと、この2つは多くの方に選挙中も随分言われました。年配の方からも本当に明石は変わったと、市役所職員の仕事が変わったとよく言われましたので、それはもう長年明石に住んでいる方はそう実感しているのは明らかです。

明石市役所の組織文化を変えたと思っていますから、これはもう戻らないと安心していますので、そういう意味で私としたら予算構造を変え、市役所の組織体制を変えたわけですから、あとは丁寧な市長さんが丁寧な仕事をなさったらいいという判断につながります。

記者

逆にやり残したこと、心残りだと思うことがあれば教えてください。

市長

ありません、すっきりしています。ベストを尽くしました。もちろん色々言ったり、ご批判を受けた立場ですが、私としては精一杯やったので、正直12年間精一杯走り切った、悔いはありません。やりきった感です。

記者

新たに市長になる方、また市議になる方たちに対して、託したいこと、思いを伺えますか。

市長

それは選ばれた方々がやればいいことで、私がとやかく言うことはないです。そんなものはすべきではないんです。これも何度も言っているんですが、結局責任を取らないものが実質的に権限行為するのは間違っているんです。今の日本の政治もそうですが、ちゃんと責任を持つ者が権限行使するべきなんです。

私は選挙に出なかった以上は少なくとも権限はないわけですから、私が何かとやかく言うことはない、私がとやかく言わなくても出来る方を市長や市会議員に出ていただいたという認識です。頑張ってほしいとは思います。先ほど副市長にも言いましたが、私は代わりますから、これまで私の価値判断で副市長に支えてもらってきたけど、新しい市長になるんだから新しい市長と相談をして、その方針でやってほしい、私のことを気にする必要はないと。

当然政治ですから判断が割れるんです、色々なテーマで。だから私は私としてベストを尽くして、こうだったらこうしようとやってきましたが、私は終わるわけですから、次の市長さんの指示に基づいて、私と正反対の方針が出ればそれに従ってほしいと。それがまさに選挙ですから、私のことは気にせずに、新しい市長と一緒に頑張ってほしいとは言いました。

記者

今後については白紙とお伺いしていますが、一方ツイッターで政治塾をやるとの発言もありました。そのあたり言える範囲で方向性を伺えますか。

市長

率直な気持ちは正直少しゆっくりしたいのは本音です。どう思われるか分かりませんが、やはり市長はしんどいですよ。市長としては常に良かれと思ってやっているつもりですが、すぐに皆さんにご理解いただけるほど簡単ではありませんし、私のようにこれまでやってきたことのないことをやるタイプからすると、やはりしんどかったですね。

加えて、当たり前のことと言われるかもしれませんが、最終決定、責任者ですから、いつ何時地震や災害が来るかもしれないわけですから、明石を離れるときもやはりどこかしらすぐに戻れる状況をと意識しながら過ごしています。やはり12年間まちと市民に責任を負う立場というのは、生真面目にやると当たり前ですけどしんどい仕事で、若干ちょっとゆっくりしたいのが本音です。

ただ私のキャラクターなので、少しゆっくりしたいと言っても感覚は1か月ぐらいですかね。1か月ぐらいゆっくりして、今のところツイッターでも言っていますが、子どもに関してはしっかりとやっていきたいと思います。ただ区切りをつけた後、俗に言うザ政治的な動きについては、もう少し慎重に総合的に考えようと思っています。

ただ、子どもたちに対して自分たちのまち社会は自分たちが作っていて、自分たちが未来を変えていけるというメッセージは発したいと前から思っていましたので、今のところ自分としてほぼ固く思っているのは、小学生対象、中高生対象、大学生対象の3つぐらいの枠組みで、子ども政治塾を開きたいと思っています。

私自身も実はかなり早熟で、10歳にして市長を志したぐらいですから、小学生と言ってもしっかり皆さん意思を持っていますので、小学生のお子さんも対象にして、将来政治を志す者がいるのであれば頑張ってほしいというメッセージを送りたいです。

中高生はかなり意識を持っている人が多いですし、私もやたら今回の街頭演説も中高生からたくさん声をかけられたり、ツイッターでのいろいろな形のやり取りもありましたので、オンラインも含めてですが、全国の中高生を対象にしっかりとしたメッセージを発して、将来頑張る子どもたちを応援したい。

大学生はちょっと生々しくなりますが、大学生対象にはやはりしっかりと。大学生になると政治志望は多いんですが、政治家志望がすぐに古い政治家の元に弟子入りする、あれは良くないです。せっかく心がある、可能性がある若者が古い政治家に入ってしまって、あまり見る必要のない風景を見てしまい、早い段階で志よりも政治的な政局とかそちらに走るのを、かつて国会議員でもそうですし、最近もそうですが、数多く見てきてもったいないなと思っています。

だからすぐにどこかの大きな政党、古い政治家、有力政治家の元に弟子入りしてということについては、そうでない道をしっかりと示したいと思いますから、その辺はしたいと思います。選挙は25歳から立候補ですから、25歳以上を対象にしてしまうと、いきなり生々しい話になりますから、当面はいわゆるすぐに選挙に立候補するわけでない子どもたちを応援したい。

対象は、私としては全国の子どもたちにと思っています。明石市長ですからこれまでは、基本的に明石のまち、明石の市民、明石の子どもたちでしたが、明石市長が終われば明石に留まることなく、日本全国の子どもたちの応援団として活動したいと思っています。

もう少し言うと、気持ちとしては今もお伝えしましたけど、日本全国の子どもたちの応援団長みたいになりたいと思っているので、テーマとしてはやはり子どもの虐待、子どもの貧困。これは本当にまだまだ大変な状況なので、子どもの虐待や子どもの貧困の問題に関して、しっかりと日本全国の子どもたちに対して光を当てていくというか、手を差し伸べていきたいという気持ちがかねてから強いです。それはしたいと思っていましたが、明石市長期間は、やはり明石市限定でした。

そこには限りがありましたけれが、幸い明石では児童相談所も設置しましたし、新たな取り組みも明石の児童相談所はやっています。他でも出来ることですから、特に子どものテーマに関しては、全国行脚して子どもたちのために自分のエネルギーを使っていきたいとは強く思っています。

記者

政治塾ですが、最初のお知らせを見たら塾を作られると思ったんですが、全国となるとオンラインみたいな感じですか。

市長

それはハイブリッドでしょう、今の時代ですから。来れる方は教室型ですが、当然全国なかなか来れませんし、移動するのも交通費がかかりますし、私が子どもたちの交通費を出せるほどお金持ちでもないので、基本的にはオンラインも含めた形ですから、北海道でも沖縄でも参加したい人が参加できる体制は作りたいと思います。

あと、小学生もなかなか自分で出来なければ、ある程度保護者を含めての形にならざるを得ないかもしれませんけど、そうであったとしても対象は全国にしたいと思います。

記者

小学生も入るんですね。

市長

確定でありませんが、小学生対象と中高生対象と大学生対象、順番もこれからですが、できれば6月1日ぐらいに募集を始めたいと思っています。6月1日に募集して、夏休み期間を使ってやりたいと思っています。

記者

統一地方選でも圧倒的な市民の人気を証明した形になると思うんですが、これだけ人気なのに、本当に政治家を引退されるんですか。

市長

一貫して言っているように、今日は本音ベースで言いますが、疲れましたよ。本当にさすがにしんどかったですね。12年前の市長就任の頃からずっとしんどい12年間でしたし、自業自得のところは大きいですけど、それは数多くマスコミにも色々と報道いただいた経緯の中で、やはりしんどかったですね。

それでも明石のまちと市民のためにという、歯を食いしばってやってきた12年なんで、さすがに精一杯ですね。さっきも言いましたが、やはり駅伝で言えば中間走者、それなりの距離、2期8年3期12年とよく言う中で、3期12年全力疾走してきた感じなので、力を使い果たした感じがします。

もっとゆっくり走れば、もっと長い距離を走れたかもしれませんが、私の場合はブレーキを踏まずに、ほとんどアクセルを吹かしてトップスピードで走ってきたので、さすがにこれで精一杯だなというのが本音ですね。

記者

少しゆっくりされてから、また復活することはないでしょうか。

市長

先のことは人間それは分かりませんが、自分の気持ちとしては12年やり切った気持ちですし、このキャラですから、ちょっと自分も一回振り返りもしたいと思いますね。今日は確かに12年間の終わりですから、悔いはないとお伝えしていますし、やり切ったという話ですが、もう少し落ち着いて考えた時に、自分としての整理も出てきますし、今後いろいろな方にお伝えする時にも、もう少しちゃんと整理しないと、気合だけで明石で出来ることは全国どこでも出来ると言い続けていますが、それは正直言って整理する時間もない中で一種メッセージを発していたので。

もう少しどうやれば出来るかということも伝えないと、それは多くの市長さんだってやれるものならやりたいと思っているわけですよ。でも、いろいろな課題があるわけだから、その壁をどうやって突破するかというあたりも整理して、それをお伝えできれば、もっと他の市長さんもやれるかなと思います。

ただ、それは若干時間が欲しいですね。やはり言える言えないも多いですし、やはり現職の市長だと言えないことが多すぎたので、市長を辞めたから何でも喋れるわけではないですけど、もう少しこうやれば出来るんじゃないですかという形は、全国の多くの政治を考えている方々にもお伝えしたいと思いますね。

記者

5月から1か月ぐらいゆっくりしたいとおっしゃいましたが、泉市長がゆっくりしているのを想像できなくて、どんなことをされるんですか。

市長

市長室からの荷物だらけですから、まず片付けないといけないし、資料整理をしないといけないし、家族にも迷惑をかけましたから、もう少し家事を増やさないといけないし。

記者

家族サービスとか何かする予定はあるんですか。

市長

家族に迷惑かけないのが一番の家族サービスじゃないですかね。

記者

6月に募集する政治塾はテストとかはなく、希望者は全員対象にしてやっていかれるんですか。

市長

オンライン配信でONEWAYの、つまりオンラインで聞くのは全員だとは思いますが、もう少し詰めた形も考えますから、そこはこれから整理します。ただ、心ある気持ちある方は、できるだけウェルカムにしたいと思いますし、別にすぐ手取り足取りがある話ではありませんから。

分かりやすく言うと、子どもたちは私たちの未来というか、当の子どもたちも当然未来があるわけですから、未来は変えられる、諦めるなと。子ども達にはまだ世の中、諦めるのは早い。あなたの未来と私たちの未来は変えることができる、そのメッセージを伝えたいと思いますし、頑張る子ども達を本気で応援する大人になりたいと思います。

自分自身はこの間、かなり喜怒哀楽も激しく、キャラも濃く、そういった中で多くの皆さんに支えられて今日までやってきた経緯ですから、ある意味お返しはちゃんとしないといけないと思っていますので、子ども達に返していきたいと思います。これもくさい言い方ですが、やはり私自身はあまり裕福でない家に生まれ、そこで育った人間で、親父は小学校を出て漁に出ましたから、自分はしたいことが出来なかったから、せめてお前にはしたいことをさせてやりたいというのが親父の口癖でした。

でも私は親父に対してありがとうと言うと、いつも親父はありがとうなんて親に言うものではないと、お前がもしもありがとうという気持ちがあるんだったら、それは子どもたちにしてやれと、そうやって歴史が繋がってくるんだと。親にありがとうという気持ちがあれば、子どもにしてやれが親父の口癖でしたから、そういう意味では、この間多くの市民の皆さんから応援いただいて今日まできた者としては、しっかりお礼なり恩返しを、子どもたちにしていきたいという気持ちは正直強いです。

記者

5月から新市長になる丸谷さんにエールがあれば伺えますか。

市長

丸谷さんが好きにやればいいと思います。冷めた言い方ではなくて、そういうものです。それを任せられる人に託した認識があるので、これも街頭演説でも言いましたが、泉市長が退任すると明石は大丈夫かと多くの市民から聞かれましたが、私の答えは私が市長を続けるよりも良い明石になると答えました。私が市長を続けた方が良ければ、私がする選択肢はありましたが、私としては12年間で自分の適性なりタイプからして、思い切って方針をクリアにし、お金を動かし、文化を変えた自負があります。

でもある意味、それをやり遂げたのであれば、これ以上やっていたら私の性格上壊していきますし、現にいろいろ相当ぎくしゃくしている関係は事実ですから。私が市長を続けても、議会との関係とか、職員の一部との関係もいろいろあるのは事実ですから、ここは私ではなくて、より丁寧な方に市長をやっていただいて、その代わり一緒に頑張る仲間ももちろん、今回仲間の5人だけではなくて、30人を含めてしっかり丸谷さんはなさると思いますから、そこは丸谷さんの舵取りを期待したいと思います。

私の限界でもあります。私のこのキャラは申し訳ないけど、なかなか変わらないですよ。やはり仲良くと言われても、私からすればこっちの方が正しい、こっちに行った方が早く行けたら、最善の策、最短の距離の人ですから、もうトップスピードで走るような価値判断だから、急がば回れですればトラブルも少なかったかもしれませんが、そうではないので、急いでるから回らない人ですから。

丸谷さんはたぶん急がば回れで、逆により丁寧な手法でやっていただけるんじゃないでしょうか。それはどっちが正しいではないと思います。そこはテーマと、やる内容によるんではないですか。予算のシフトはやはり強引であってもやらないと、予算が減っていいですかと聞いて、減っていいと言われるわけではないので、正直予算を思い切って子どもや市民に振り向けるのは、それは嫌われようが憎まれようがやるしかないと始めから腹をくくっていましたから、そこは話し合ってお金を減らしていいなんて言ってもらえるわけがないので。

国の政治の問題はそこにあって、誰からも嫌われない政治をやっている限り、予算を動かせない。結局誰からも嫌われない政治をしようとするから、国民の負担に転嫁しようとするのであって、それは今の国の政治の一番の問題です。国民に転嫁せずに国民を助けるのが政治なのに、今は国民を助けずに政治家と取り巻きに配慮している状況だから、根本的に間違った国の政治だと思っています。そこはいずれ正さないといけないと思っています。

記者

明石で出来ることは、全国ひいては国で出来ないわけがないというような話をよくされていますが、今後まだ白紙という中で、国政という点に関しては進出なのか、どんな形で影響を与えていきたいとお考えですか。

市長

私としては昨年表明してから半年間は、とにかく残り半年間、現職の明石市長として、明石の市民とまちのために残り半年で出来ることを精一杯やっていく。そして辞めた後のまさに選挙を通して、次の体制をつくる。それが精一杯なのが正直でした。

ですから、その先のことは実際考えていません、白紙で全くノープランです。ただ気持ちとしては、今の日本の政治は無茶苦茶ひどいですから、こんな酷い国の政治を放置していいと思わないです。国民が不幸です。明石市民も国民ですから、明石市民の不幸でもあるわけで、国の政治を正す必要があると強く思っています。どう正していくのかについては、これから考えます。

記者

市民にいろんなお話を伺いますと、助かるやありがたいといった感謝の声があがる一方で、やはり暴言の部分を気にされている方も多くいらっしゃいました。精一杯やり切ったとはいえ、そこが自身の去就に影響を与えたという部分で、暴言問題はご自身として改めてどう振り返っていらっしゃいますか。

市長

そこは4年前も言いましたし、昨年の本会議での答弁で言ったように、自分としてはしてはならない立場でしたわけですから。だから自分の言動の責任を取る形ですから、そこは何も変わってないです。

政治家は言い訳するのが仕事でなくて、結果責任を負うんですから、政策的にも結果責任を負いますし、自分の言動にも結果責任を負うということだと思いますので、そこは変わってないです。開き直る気はないです。

記者

市民の方からまだ続けてほしかったという声も多く聞かれましたが、そういった応援してくれる市民の方に改めてメッセージをお願いできますか。

市長

それはもう、ありがとうございますですね。こんな喜怒哀楽の激しいトラブルも多く、マスコミからも大変厳しい批判を受け続けている市長を、よく明石市民は12年間応援いただいたということについては、明石市民、市外の方も含めて感謝しています、ありがとうございます。

記者

ツイッターで非常に積極的に活動されていましたが、アカウントについて今後はどうされるんですか。

市長

現時点の判断は、ツイッターは継続はします。もう少し発信ツールは広げたいと思っていますから、確定ではありませんが、もう少し動画系で配信をすることは念頭にはあります。私の場合には市長に就任した2011年当時、もう既に今のツイッターを含めさまざまなツールがあったわけですが、自分のキャラ的に、発信すると色々トラブルになるのは分かっていましたから、随分抑えてきたと。

ただこれも色々会見で言っていますが、専決処分以降、議会との関係は抜き差しならない関係になっていました。最後の優生保護の条例だけはと思って、それが可決した12月21日をもって、私の中では優しい社会を明石からの明石から始めるについては、ほぼ出来ることは尽きたと思ったので、明石から広げるという意味において、リスクがあっても発信をしようと思ったのがそのスタートです。

ただ、そうはいっても、やっぱり現にツイッターの発信によってプラスもありましたが、いろいろ問題もあったのは事実ですから、逆にツイッターに留めていた経緯がありますが、今後はもう少し広げていきたいと思っていますし、もっと発信を強化していきたいと思います。

記者

市長という立場が外れて、もっと言いたいことが言えるみたいなところはありますか。

市長

あんまり安心するとまたトラブルのもとなので。皆さんからはまた言われそうですが、私から言うと現職の市長だから言いたいことも言わず、奥歯にものが挟まったような言い方でしてきたつもりですが、私が奥歯で物が挟まっていても、多くの人から見たらそんなことを言っていいのかという感じでしたから、本当に現職、公職を離れますので。

ただ、強いトーンで言いたいのではなくて、もっと丁寧に発信したいと思うんです。やはり今市長をやっていますから、いろんな決断とかをすること、要は滅茶苦茶忙しい状況だったので、丁寧な発信ってしんどいんです。その結果いろんな方から、私から言えばそうではないと思うことが多い中でも、ちゃんと反論なり説明を出来なかったことがあって、私が説明をちゃんと出来なかったが故に、誤解がまだ残っている部分もありますから、その辺ももう少し整理して、例えば明石はインフラがぼろぼろなわけではないんです。

明石市は面積も狭いし、災害的な部分でも非常に地理的にありがたい面もある中でのトータルな話なので、他市と単純に比較できないわけです。そういった中でのコストのあり方なんかは、もう少し丁寧に説明しないとやはり過疎部分とか、いわゆるインフラ整備がまだのところだとそれはいると思うんです。

明石の場合、例えば下水道普及率100%ですから、そういう意味でも明石はほぼ終わっているまちだし、面積が狭くて災害が少ないからやはり大分違うんです。それをちゃんと説明しないと、やはり全国どこでも明石のこと出来ますよと言ったって、それは反論したくなりますよね。そういうところはやはり丁寧な発信を心がけていきたいと思うので、少し整理をして、もう少し説得力を増した形で発信したいと思いますね。

後はマスコミの皆さんにもより丁寧な発信をしたいと思います。どうしても私も荒っぽかったので、余計に。自分としても色々ありましたが、特に1例を挙げると、日本の国はお金がないわけではないんです。国がないとすれば、それは国ではなくて国民にないんです。国民にお金がないにも関わらず、何か新たな施策、子ども予算を増やすのであれば、新たな増税とか保険料増額とか間違っていますから。

根本的にそんなことをしないのも出来るんです。それもちゃんと説明しないと、恐らく多くのメディアは中央省庁の官僚に説明を受けて、政治家もそれを真に受けてますから間違ってます。今はやはり官僚と政治家とマスコミが、国民に対して諦めを強いるような報道になっていますから、そうではなくて、国民に希望が持てるような報道をしていただきたいと切に願う立場からすると、その材料を提供しないと、マスコミも結局中央省庁の情報を真に受けて報道しますよね。だからそういうあたり、私は実は知っていることもいっぱいあるので、その辺も現職であるが故にリスクもあって言えなかったことも、今後発信出来ると思いますから、中央省庁の嘘をしっかりと、それは事実じゃない、日本は金はある、国民負担なんか増やさなくても十分子ども予算を倍増出来ることは証明したいと思います。

記者

この12年間の市政運営を支えてきた人というか、12年間の政治、この方々のおかげで出来たという感謝したいのは誰ですか。

市長

市民です。

記者

一緒にこれまで政治を作ってこられた議員や職員の方々に対してはどうですか。

市長

もちろん、それはそうです。政治というのは1人で出来るものではありませんから。私も議会でも最後に言いましたけど、立場は違えども政治ですから、スタンスが違うのは当たり前ですし、いわゆる政治の世界ですから、いろいろあると思います。

ただそうは言っても、明石のまちのことを真剣に考え、立場は違えども共にやってこれた議員の皆さんに感謝したいですし、こんな濃いキャラクターで、非常に言動が激しい市長の中で、一緒に仕事をしていただいた明石市の職員にも感謝したいです。もちろんです、当然そう思っています。

マスコミに関しましても、叩かれもしましたけど、明石のことも政策的にも発信していただきました。やはりマスコミの皆さんに発信いただかないと全国的な形では広がらなかったので、ある意味マスコミの皆さんのお力で明石の施策が明石止まりではなくて、全国に広がっていっていると思っていますので、それも含めて感謝したいと思います。

記者

12年間で明石市の職員の働きぶりも変わってきたという話もありましたが、議員に対しての印象や働きぶりとかはどうですか。

市長

議員も変わりましたよ。最初は子どもそのものがノーの空気でしたしね。だから中学校給食は明石はなくて、中学校給食の実施すらノーで通らなかったわけですから。所得制限も随分議論も荒れていました。今の日本の状況に近いですかね。所得制限、いまだにやはり全国的にはまだまだ議論途中です。

明石市はそういう意味で子どもについてはYES、所得制限もかけない、全ての子どもたちあたりはほぼ全議員OKですから、議員自身もそういう意味では一緒に明石のまちを作ってきたのはその通りで、これは議員も職員も含めてまとまったと思っていますから、これは12年間の大きな変化だと思います。

だから、そういう意味では明石市だけがと言いませんが、明石市は日本全国の中で一種、別のステージに入っているという感じは正直しています。強いです明石は。だから選挙結果がこうなるのであって。選挙結果はダブルスコアだけど、実際は大体倍違いますから。組織を固める選挙の場合は倍違ってくる、簡単に言うと多分市民の8割ぐらいは今の応援なんです。

でも投票結果は組織は8割くらいが投票に行きますが、そうではない市民は4割ぐらいですから、ちょうど倍になるんです。大体強制投票制度の場合と、今の日本のような任意の投票制度で2倍違うという感じで、すごくリアリティを持っているので、だから今回のダブルスコアというのは実際は4倍ぐらい違う状況になっていると思います。

記者

国政とか知事を含めて、政治家を引退するという話でしたが、政治家については白紙ともおしゃっていましたが。

市長

何も10月に言ったまま変わっていません。その後はもうとにかく残りの半年、せめてラストスパートでやり切ろうと思ったので。さっき言ったようなことです。高校生が気になっていたので、高校生世代への児童手当の拡充とか、養育費条例とか、そのあたりの気になっていたことをやりきった感じです。

あとは選挙。これはリアルな話ですが、選挙は大変でした。結果が出てますから、やはりどういう形でどうやって人に出ていただいて、どう選挙するか、市長と県議と市会ですよね。市長と県議は初めから出す予定でしたしね、市会に何人か迷って、それがもっと少ない人数なのか、もっと多くていいのか随分逡巡しました。

ただ大きな組織があるわけではなくて、地域で割れないので共倒れのリスクもある中で、どうするかで随分悩みましたし、記者会見の時期とか擁立の時期とか構図の作り方とか、そのあたりはそれなりに苦労というか、エネルギーを使ってきたので、正直脳みそをずっとフル稼働させながら情報収集し、どうやるのが今回の結果になるのかという形です。

結果的には基本的には予定通りでした。だから、基本的には県議選で3万票超え、市議会のトップが1万票は予定通りです。そうだと思っていましたから。ただ取りすぎて困ると思ったので、取り過ぎないように苦労した位です、正直。逆に苦労したのは取りすぎて落ちるものが出ないようにするのが苦労した位ですね。そこは相当苦労しました。

記者

暴言問題で市長として政治家としてけじめをつけるのはよく分かるんですが、一方で選挙の票の出方は泉市長に続けてもらいたい、泉市政を評価していたという声があったことに尽きると思います。暴言によってご退任になったことを改めてどう感じていますか。

市長

重複しますが、自分の言動に対する責任を取るのが政治家ですから、言い訳せずに、自分の言動に対する結果、責任を負うという形で表明して今日この日に至った経緯です。追加すると、自分の中ではもう既にお伝えしていますが、自分自身は早い段階から3期12年でとは思っていたのが正直なところです。

これも私が市長になった1年目ぐらいから、これはと思う市長に色々と相談をする中で、市長をやるにあたってはやはり10年だよと言われて、2期8年ではやりきれないと思うけれども、3期12年で出来ないことは4期5期にも出来ないから、基本的には3期12年でやりきりなさいとアドバイスを複数の市長からいただきました。そんなものかと思って、その後私もそういう風に思ってきたので、基本的には3期12年が区切りで4期目については想定は当初していなかったです。

ただ、正直言ったら多くの市民の期待をいただく中で、3期12年で辞めるに辞められない状況かなと逡巡したのは正直なところです。そういった中で自分の言動もありましたので、それもトータルの判断として、すぐにクリアに3期12年ということを表明したという経緯です。

記者

3期12年というのはいつ頃から思われていたんですか。

市長

1年目ぐらいでしょうか。それで出来ないことが出来ると思わなかったし、あとはリアリティを持って思ったのは、やはり予算のシフトをかなりずっとしていきながら私も気を使っていて、私が永遠に市長をするのでない以上は、余力を持たして継がないといけなかったので。

私みたいなキャラだったら表面張力みたいな形で、ギリギリでこぼれそうでもこぼれないようにする自信はありますが、そうでなければちょっと余力も持たしてあげないと、次なる市長さんはしんどいと思ったので、余力を持たせる形で考えていたので、そういう意味では3期目入って10年目ぐらいですかね。

10年目あたりぐらいで、予算を大きくシフトするのはそろそろこれぐらいかなとは思ったので、そうすると私の仕事として予算のシフトをするほどの大なた振るいをする必要はなくて、市役所の職員も一気に文化も変わりましたので、そういう意味ではやることはやったかなと思っていましたね。

記者

やることをやった一方で、逡巡もあったんですね。

市長

逡巡は、市民が許してくれるかなというのが一番しんどかったです。だから、去年の10月に表明した時も、一番自分で気になったのは市民に続けてくれと言われて、また署名活動とかになるのは嫌だったので、色々言われましたけれども止めてくれと、私の意志は固いと多くの市民にはそう伝えていました。

マスコミの皆さんは色々お仕事柄ですから、もしかしたらという風に思ったかもですが、その選択肢は自分の中ではなく、全く0だったということです。そもそも言うと、10月の表明の前から3期12年という気持ちはあった中で、自分の言動と相まって、その責任を取る形で表明したので、自分の中ではもうそれは結論が出ていて、あとは市民がそれを辞めないでの声ではなくて、基本的には次の人で大丈夫と思っていただくのをどうするかに関心が行きました。

記者

辞めないでという声が非常に強かった中で、逆に逡巡されたりとかはなかったんですか。

市長

それはないです。そこはただ市民の納得が一番しんどく思いました。市長を辞めることは辞めればいい、選挙にでなければ辞めれるんですけど、市民が許してくれないというか、こんな市長を支えていただいた明石市民の納得感が欲しかったので、市民の納得がどうやって得られるかは考えました。

そういった中で2月に「社会の変え方」という本を出しましたけど、あれもかなり意識をして、基本的には自分はやりきったんだと、やれることをやったと。市民の皆さんにも精一杯やったので、卒業させてくださいというメッセージを込めたつもりなので、やはりあの本を読んだ市民からは一気に変わって、それまではもっとやってよというのが、市民が口々にご苦労様、ありがとうございました、12年間からお疲れさまでしたとセリフが変わりましたので、そういう意味で2月1日の本の出版も含めて、自分としては市民の納得感を得られたというか。

市民から12年間、お疲れ様という形で終えたかった。私がいなくても大丈夫だということを市民にしっかりと安心感を持ってほしかった。そうじゃなかったら明石に引っ越してきた若い方とかに申し訳ないし、今の明石市長が泉だから2人目3人目を身ごもった方が何人もおられましたから、そういった方々に対して私が市長でなくなってもちゃんと明石の政策が続くから大丈夫、むしろもっと良くなるよということの安心を提供しないことには辞められなかったあたりが一番きつかったとこです。

記者

市民の方は、納得感とか安心感はどう感じていると思いますか。

市長

それこそ市長が泉だからという形で、いわゆる明石が選ばれるまち、人気のまちになっている面がもしあるとするならば、市長が変わって戻ることは避けたかったので、今回の体制で明石は大丈夫。まだまだ明石は選ばれるまちで、人口増を目的とはしていませんが、まだ当面、明石は全然大丈夫です。泉から丸谷さんが来たことで、より市政が安定しますから、政策が変わらずに安定するという中で、より人は明石を選ぶことになりますから、明石の人気はもっと高まっていくと私は思っています。良かったなと思ってます。

辞めていくものとしては、自分が辞めた方がより明石が良くなることをしたかったのが一種のプライドです。自分が辞めた後に落ちていく明石を見るのは私の本意ではありません。私がいない方がうまくいく明石を作る、政治家としてのプライドです。中間走者としてやってきた者として、自分でゴールを切ろうと思うことはないです。自分なんてこんなキャラクターですから、嫌われて憎まれて、それでも自分でしか出来ないことがあると思っていたので、それは簡単に言うと、思い切った予算のシフトです。

要は増税しなくても、子ども予算が倍に出来ることは、それは私でないと出来なかったかもしれません。でも、それをやりきった。出来ることを示したと、世の中が思っている出来ないという思い込みをやってみせるというのが、自分のまさに能力ですから、それをやるのが私の市長になったまさに一番大きな理由です。それをやった以上は長くいる必要はないという判断です。

記者

子ども向けの政治塾の内容は「未来は変えられる、諦めるのは早い」ということでしたが、なぜ子ども向けにやられるのか。先行事例やその目的を改めて教えてください。

市長

やはりそれは子ども自身が未来ですから、日本もずっと国家が5年で終わるわけではないですから。10年20年30年40年50年先まで、しっかりと私たちの住む社会がもっと良い社会になってほしいと思います。それはある意味、それが子どもたちが背負う話ですから、子どもたちに対するエールを送りたい、期待をしているところが大きいです。

あとは実質的にもう政治に関わっている方々は、もう既にもう残念ながらガチガチというか、いろいろな形でいろんな要素がある方が多いですから、既に政治に関わっている方に対して私が今から関わるにしても、そこはちょっと違うかなと今思っています。

そうではなくて、子どもたちに対して純粋にというか、世の中を変えられるんだと。私は貧乏漁師のせがれで、10歳で市長になろうと決意して努力しました。それははっきり申し上げて勉強もしたし、必死になってやってきましたから。ただ、そこは綺麗ごとではなくて、気持ちがあるんだったらしっかり頑張れということは伝えたいし、変に古い政治家に修行なんかしない方がいいと思うので、市民を信じて市民だけ頼りで選挙は通るんだということは説明したい。どこかの政党に担がれる必要はない。市民だけを頼りにやればいいということを伝えたいですね。

記者

世の中を変えた先、どういう風に変えるべきなんだというところを改めて教えてください。

市長

簡単です。市民国民のお金は市民国民に使うことです。今は違います。市民国民のお金を政治家と取り巻きのために使っているだけです。そこを変えるだけです。簡単です。お金の使い道を変えるだけの話です。

記者

子どもの虐待や貧困、この解消にも奔走される。これは政治塾とはまた別でしょうか。

市長

そうです。だからそういう意味では、自分の中では政治を志す子どもたちをしっかりと応援したいこと。それとは離れて、やはりいろいろな事情のある子どもたちに対して誰もしなくても、私はしっかりそこに光を当てることをしたいと思います。幸い弁護士でもありますから、虐待で泣くに泣けない状況の子どもたちがまだ数多くいますから、そういった子どもの立場で支援活動もしていきたい。

 具体的に言うと、例えば明石は一時保護された子どもが学校に通えていますが、全国では少し広がりはしましたけれども、出来ていないのは日本だけですからね。世界の中で親のネグレクトで御飯を作ってもらえない子どもがいきなり保護されて、クラスメイトと隔離されて山奥に閉じ込められている状況は、世界で日本だけです。こんなひどい国はないです、いまだにこんな状況が続いているわけですから。それはもう明らかに人権侵害ですから。

こういった状況を大人の論理でリスクがあるからという形で、行政は子どもの権利をないがしろにしていますけれども、私としては昔から違うと思っていました。せめて明石だけでもと思って、明石では児童相談所を新設し、希望する子どもたちは元の学校に通えるようにしました。タクシーの予算も計上していますし、警察とも連携していますし、学校の理解も得て、これはちゃんと連携すれば出来ることです。世界中出来ていることで日本だけやってないことがいっぱいありますから、特に子どもに関しては。そこはちゃんと関わっていって、しっかりとグローバルスタンダードにしていきたい。子どもの権利を守りたいと思います。

記者

どのように関わられますか。講演なのかとか。

市長

いろいろな方法がありますが、幸いに私もかねてからネットワークを持ってますから、子ども家庭庁とも一定程度の関係を維持出来ていますし、国会議員ともNPO系も私も強いですから、そういうことも相談をしながら。かつ弁護士ですから、弁護団という方法もありますし、いち弁護士として子どもの代理になる手もありますから。それこそ私一人で子どもの代理になって裁判を起こすことも出来ますから。

法律が得意ですから、もっとフットワーク軽く、世の中、世論に問題提起していって、今の子どもに冷たい日本社会の、特に気付かれにくいテーマに光を当てるというか、気づきやすいテーマは誰もやっていて、最近であれば児童手当とか子どもの医療費、保育料とか給食費とか分かりやすいですけど。でも人に気付かれないところで泣くに泣けない状況の子どもたちがたくさんいますから、そういった子どもたちに対する本気の支援は自分としてはやりたいすね。

記者

貧困の方にはどのように関わられますか。

市長

重なっていますが、それこそ明石でも子ども食堂を地域で一緒にやっていただいてますが、やはりいろんな子どももいます。それこそ私も現実、そういうのも弁護士時代にたくさんかかえていました。ただ、市長になったので、そういった個別救済はなかなか限界があったので、もともと私、個別救済が好きなので。涙を流している子どものために自腹をきって、自分で出来るベストを尽くすなんてことは、親が子どもを見捨てても私は見捨てないという覚悟ある人間でやっていたつもりなので、改めて一弁護士として子どもの個別救済に走り回りたいと思います。

 貧困といってもいろいろあって、親がお金がなくても、子どもも兄弟の誰かだけをないがしろにするなんていうのはよくあるケースですし、子どもの進路をあえて親が邪魔するなんてよくあることですから、貧困はお腹が減るだけじゃなく、いろいろな貧困もあります。そういった子どもの立場で、子どもの味方でありたいと思いますね。そういう意味でくさいけれど、全国の子どもたちの味方になりたいという思いです。

政治は向いていないと思います。向いていないのに、市民の皆さんに12年支えていただいた感じですね。向いてないですよ、べらべら喋るし。喜怒哀楽が激しいし、多分俗に言うところの政治家には向いているタイプじゃなかったと思いますね。それでも気持ちが強くて、やはり何とか明石のまちを優しいまちにしたい。誇り高き胸を張れるまちにしたいという思いの中で生きてきたので、それは何とかしたかったし、一定程度は自分で出来ることはしたという思いです。この後はまた本当に子どもたちのために自分として出来ることを精一杯やっていきたいという気持ちが一番強いです。

あとは子どもたちを応援して、将来巣立っていってくれたらうれしいです。私も弁護士時代も、兵庫県だとトライやるウイークという形で、弁護士を目指す中学2年生とずっと1週間一緒にやっていたんです。そのために裁判所にお願いして裁判官をやってもらったりしながら、弁護士を目指す子どもたちがいるのであれば応援したいと思ったんです。

それで何人か、その後10年後経って、弁護士になりましたという連絡は嬉しく思っているので、イメージはそれに近いですね。その時は自分の使っている六法全書を中学2年生にあげて、この前親御さんから、うちの息子がずっと泉さんからもらった10年前の六法全書を机の上に飾って勉強を続けました。司法試験に通って弁護士になっていらなくなったのでもらったと。

そういう意味では、頑張る子どたちを本気で応援する大人になりたいと思います。自分自身も原点ですが、やはり自分なり、子ども時代悔しい思いがあり、親からは貧乏人は政治家になれないと言われ続け、結局お金がないと政治家にはなれないし、諦めろと言われ続けてきましたから。お陰様で多くの皆さんに支えられて、市長をさせていただいたわけですけど、子どもたちには家が貧しかろうが、親が有名でなかろうが、ちゃんと気持ちがあるんだったら頑張れと。世の中のために、人のために尽くすことは美しい職業だから、政治家というのは汚い仕事じゃないんだよと。

政治家というのは本当は美しい仕事で、多くの市民、国民からある意味尊敬されて然るべきなのが政治家だと私は思っているので。今の政治家が酷すぎるから、政治家になると言ったら何か人に冷たい目で見られるけど、それは間違っていて、やはり政治家はちゃんとしないと浮かばれないですから、世のため人のために頑張る政治家を、子どもたちに期待したいと思います。大人は大分汚れていますからね。子どもにまず期待したいと思います。

記者

初当選のときからいろんなシーンがありましたが、特に去年の10月12日以降、会を立ち上げ選挙戦もあり、丸谷さんが当選した4月23日に至るまで、市長にとって楽しいというか、生き生きした時期に私は見えたんですが、この時期はどうでしたか。

市長

責任の2文字ですね。言動への責任については辞める、市民への責任は私がいなくても大丈夫なまちを作る、市民に対する責任が一番強かったです。市民への最後の責任は、私がいなくても大丈夫な明石を作ることだったので、そういう意味では一種責任を果たしているときは、私としては自分の使命感が燃えるので。

そういう意味では、メディアの皆さんにはいろんな情報の出し方も自分なりにはさせていただいたので、一部誤解を招いたりしてすみません。何とか体制を作りたかったと、全員当選まで何とか導くのが責務と思っていまして、それが果たせて良かったと思います。

記者

自分が決めたこと、進めようとしたことがズバッと全部当たってきたというか、これは市民の力もあったと思うんですが、とりわけ最後の半年間というのはどんな思いだったんですか。

市長

12年間ずっと一貫して市民を頼りに市民と共にやってきましたから、そういう意味では12年間で基本的に民意については一番リアルに私は把握出来ていたと思います。だから、選挙結果は予想通りです。そういう有力者や政治家や議員に取材すると見誤るのであって、市民と一緒にやってきたので、市民がどういう判断をするかについてはこの12年間やってきたわけですから、ある意味一緒にやってきて良かったという感じです。

市民は、私たちの明石のまちを私たちで作ると気づかされたという方が多いですから。現に4年前の大きな報道のあった市長選挙よりも、今回投票率が上がっていますから。つまり自分たちが投票に行くことによって、まちは変えられる、明石のまちは良くなるということを、多くの市民がリアリティを持っているまちですから。この12年間一番大きく変わったのは、明石市民が自分たちの明石のまちは自分たちが作っていると思ったのが大きな変化だと思います。

そういう意味では私がいなくても、市民がそうなった以上、明石は戻らない、もっと良くなっていくとは信じています。いわゆる古い政治が市民と戦っても市民は負けないと思います。私がいなくても大丈夫だと思いました。どんな政党や組織にも負けない、市民の方が強いと思います。

記者

政治塾で何を教えるのかをもう少し伺えますか。

市長

年齢によって大分違うと思います。大学生は生々しい選挙の話もするでしょうけど、子どもたちはその手前だと思います。ただ、自分自身の一つの事例はありますから、明石のまちがこんな形でこうなった話も出来ますし、子どもたちの質問にも答えられます。

やはりどうしても政治家に対しては斜めに見る報道も多いし、誤解も多いので、くさい言い方だけど、政治家というのは本当に尊い職業なんだと、本当は世のため人のために身を捧げる仕事ですから、そういう意味では政治家というのは立派な職業で、頑張る人には頑張れと、そのメッセージをしっかり伝えたいと思います。カリキュラムなどはこれから考えますし、小学生だったら保護者と一緒になる可能性も高いですから、それも含めてやると思います。

記者

選挙について、色々ネット上や選管にも、事前運動が公職選挙法ではなかなか分かりにくいという指摘がありました。そこの複雑な制度を熟知されているので、そこを存分に生かされたとは思うんですが、例えばよく言われるのが名前を連呼するだけだとか、それで何が変わるのかということをおっしゃる方もいます。この選挙制度に問題はありますか。

市長

あります。これも世界でも類を見ない日本は異常ですから、基本的にグローバルスタンダードは選挙は自由です。まさに表現の自由ですし、政治活動で一番重要な部分ですから、こんなガチガチに縛っているのは、まさに既得権益、古い政治家のための法律ですから、間違った法律です。公表選挙法は明らかに違っている、憲法違反だと思います。でも私も現職の政治家でしたから、政治家である限りは言いにくかったですけど、これからそのあたりも言っていきます。 日本の公職選挙法は間違っています。特に総務省も間違っている、本当に中央省庁はひどいです。

総務省も勝手な解釈をして、今いる有力政治家に都合の良いように解釈していますから、正しい解釈ではありません。そういうのも正していく必要があると思います。そういう意味では、やはり中央省庁の官僚が平気で嘘をついたり、既得権益の味方をしているので国民の味方になっていない。だから、中央省庁の官僚は国民の味方ではそもそもありません。彼らは別に選挙で選ばれていませんから、中央省庁の官僚に任せる政治が続く限り駄目です。

そうではなくて、国民の方を向いた政治家が、ちゃんと中央省庁の官僚に対して方針転換を迫らないといけないのであって、そういう意味ではある意味、国民の方を向いた政治主導に政治を変えないと、今のまま財務省や国土交通省や総務省が仕切っているようでは、日本はますますひどくなっていって滅びますよ。

30年間給料が上がっていないのは日本だけですからね。この30年間、間違った政治をし続けているんだから、普通の政治をやったら給料は上がっていますから。にも関わらず、マスコミも慣れ親しんでしまってこんなものと思い込んでいるけど、それが間違いですから。本当はメディアがもっとしっかりと裏を取って取材してやるべきですけど、そこは残念ながら出来ていないとは正直私は思っています。

記者

具体的にどこを一番変えるべきだと思いますか。

市長

予算ですよ、お金は余っています。

記者

公職選挙法に関してはどうですか。

市長

公選法は自由にすればいいんです。だから選挙は本来自由です。人にお金を渡して買収するのは駄目ですよ。基本的にルールは簡単で、金で人の心を買うのは駄目ですけど、それ以外は自由に政策を発表すべきです。今なんかビラすら配れないですからね。だから全く政策を語らさずに選挙をさせる、つまり、すでに通っている現職が有利、熱心に市民に働きかけない候補者が有利ですから、今は明らかに間違った選挙です。 だからこんな選挙で通る方が大変です。そういう意味では選挙のあり方を変えないと、今は本当にもう2重3重不利な状況で勝たないといけないので。

記者

市長は選管より選挙に詳しいとツイートされていたので、存分に生かしていると思っていたんですが。

市長

そもそも法律が根本的に間違っていますから、根っこが間違っていますよ。しかもそれがもう何十年も続いてしまっているから、みんな麻痺してるけど、本当に中央省庁の官僚に任せていたから日本は駄目になっているし、今も中央省庁の官僚が仕切っていて、国会議員なんか中央省庁の言いなりですからね。政治決断してませんから。

子ども予算の倍増だったら、それを決めるのは選挙で選ばれたトップですから、トップが子ども予算を倍増しなさいと言って財務省に指示すればいいだけですから、すぐ倍増出来るわけです。もし内閣で反対すれば、官僚の人事権は総理が持っているんだから、小泉元総理が郵政改革でしたように、反対だったらつけかえれば良いだけですから。財務省がノーだったら、やってくれる人を事務次官にすればいいだけですから、権限があるんだから、予算編成と人事権があるんだから、すぐ出来るに決まってます。総理大臣がやる気になったらすぐに、子ども予算が倍増出来るんです。私が総理だったら、来年からでも予算倍増です、当たり前です。それが権限なんです。

それが政治家のまさに仕事です。今まで政治家の仕事をしていないんですよ。ちゃんとした政治をしてもらわないと、本当に日本国民が不幸だし、まして子どもたちが可哀想です。こんなひどい国に生まれて、こんな酷い子どもに冷たい国で育っていて、子どもたちに申し訳ない、ちゃんとした政治にしたい。そこは本気で思いますね。

記者

政治塾で現在決まっていることは、6月1日からの募集ですか。

市長

6月1日から募集で考えています。対象は小学生向けと、中高生向け。大学生向けはもう少し遅らせようと思います。だから募集時期は、少なくとも小学生については6月募集でやろうと思っています。実施時期は夏休み期間ぐらいを考えています。

記者

内容としては講義のような形ですか。

市長

そうですね。あと一緒にやっていただける政治家の方も、女性の方も含めて来てもらいたいと思っています。私だけだと濃すぎますから。いろんなタイプの政治家とか、場合によっては政治家の、一定程度名前の知ってるような方も来てもらう可能性もあると思っています。

記者

開催は東京とかですか。

市長

考えます。東京の方が来やすいかなと私は思っていますが、東京の議員会館の部屋とか借りて、国会の案内もしてあげたらいいと思うし、国会議員も来やすいので。それこそ各政党の代表に頼んだら、何人か来てくれるのではないでしょうか。だから各政党の代表にも挨拶して、リアリティが大事だから。

別に政治家は神様ではないし、普通の人が政治をやって権限行使しているんですから、リアリティを持ってもらったらいいと思います。将来、自分がここに来て、国会議員になろうと子どもが思うのは良いことだと思いますよ。だからそういう意味では、できたら国会議事堂の案内等も含めてやれたらと思います。

記者

国会議員とか政治家とか政治の意義や役割を教えるということですか。

市長

そうです。小学生だと難しく分からないから、国会議員で顔を見たことがある人が前に来てくれて、あとは若干有名な市長さんに来てもらって、私のキャラがちょっと立ってるからもう少しソフトな方とかに来てもらって、色々な政治家がいるけど、やりがいを語ってもらえれば、子どもも頑張ろうと思ったらいいんじゃないでしょうか。それだけでも意味はあると思います。意外とその記憶が、10年20年後に残っている可能性もあると思うので、頑張れというメッセージを伝えたいのが真意です。

私の場合少し特殊で、いわゆる復讐心と言っていますが、強い憤りの感情をエネルギーにしてきた人間ですけど、それが必ずしも良いわけでもないので、シンプルにもっと憧れとかやりたいの気持ちで育っていく子どもたちを応援したいと思います。ある意味厳しいハングリーな環境でないと、志が立てられないほど古くないので、そうではない子どもたちも含めて、政治家というものは本当に目標にして良い職業なんだよという形は伝えたいですね。

やはりしつこいけど政治家が良くならないと。政治家を叩くのは構いませんけど、叩かれることを恐れて、だんだん決断しない政治家になったりすると、なんだか右肩下がりの社会、悪くなるんですね。やはり政治家というのは叩かれてても、未来のために方針転換、決断するのが必要だと私は思っているので、やはりそれにはベースとした志とか強い使命感がいると思うんですよ。そういった使命感や責任感があまりない政治家ばかりだと良くならないので、やはり志とか使命感とか責任感がある政治家が増えることが、私たちの社会にとって良いことだと思うし、そういったことのお手伝いをしたいと思います。

記者

子どもを対象にした政治塾は他にあるんですか。しかも、政治家の方とか区長さんが講師として来られるというのは。

市長

私は知らないですが、多分ないと思います。だってやる方にメリットを感じないから。政治家を出したいとか、選挙を手伝ってほしかったら大学生だけど、私は子どもが好きだし、本当に好きなんですよ。自分自身のしんどい子ども時代があるから余計に思うんですが、もう少し大人が優しかったら良かったなと思うこともあるので、ハレハレもそうですけど、自分自身が嫌な思いをしたから、そういう辛い思いを子どもにさせたくないので。

親が貧乏であっても、トランポリンやボールプールに入れる、親がお金がなくても好きな絵本が読めるようにしてあげたかったという思いが強いので、政治も一緒です。家が厳しくても、世の中を良くしたいと思う子どもたちを応援したい。誰かが応援してあげることは意味があると思っているので、自分がそれを応援したいなと思っています。

記者

政治塾はできるだけ多くの子どもということで、無料になるんですか。

市長

基本的に無料と考えています。子どもからお金を取る気はありません。

 

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